遠近法ノート

本好きのデザイナー、西岡裕二の日記帳なのです。デザインと読書について書くはず。

ミステリとしても読める『なれる!SE7』

ついこのあいだまで、社員20人ほどの会社で「パソコンに詳しい人」をやっていた。
お約束の「何もしてないのに動かなくなった」をはじめとするトラブルシュート、徹夜のリカバリ作業、さらに本業(デザイン制作)でのデスマ進行……。自分はSEでもエンジニアでもないが、『なれる!SE』を読んでいると、どうしても当時を思い出さずにはいられない(まるで終わったことのように書いてるが、この先だって同じような状況に置かれる可能性はあるぞ)。しかし、自分はその渦中にあって「この仕事で本当に必要なことはなにか」考えることができていただろうか。少々心許ないと言わざるを得ない。

萌えるSE残酷物語『なれる!SE』シリーズも、いつのまにやらもう7巻。一発ネタだろ……と思ったらぜんぜんそんなことなかった! むしろ単発ネタが許されるほどラノベ業界は甘くない、ってことなんだと思うよ。それはさておき。

本巻『なれる!SE7 目からウロコの?客先常駐術』では、桜坂公平と室見立華はいつもの会社スルガシステムを離れ、国内最大手コンピュータ企業に常駐要員として赴く羽目になる。そこは上司である藤崎の古巣でもあった。吹けば飛ぶような弱小ブラック企業から大手企業へ! 華やかなイメージに胸を躍らせる公平だったが……。
セキュリティのため持ち物は取り上げられ、案内されたのは人がぎっしりの大部屋。ダウンロード無効のPCでセットアップさえままならない。プロジェクトの経緯すら分からない状態で、ひたすら担当者の無茶振りに応じるしかない。このままでは限界が来る。
やがて、公平はプロジェクトのメンバーに一人だけ異質な人物がいることに気付く。殺人的に忙しい中、彼女だけはなぜか余裕があり、しかも定時に退社できている! 常駐の外部業者という立場は同じはずなのに、この違いは何か? どうしてそんなことが可能なのか? いったい彼女は何者なのだろうか?
彼女が本作のキーであり、この謎を暴くことで、公平と立華は理不尽な奴隷労働からの脱出に成功する。
担当者の鼻を明かし、これにて大団円……でよさそうなものだが、これで話は終わらない。プロジェクトの隠された内幕はさらにその先があるのだった。
ようやく戻ってきた上長の藤崎から語られる内幕……当然ネタバレになるので書けないのだが……その推察に慄然とさせられるのは間違いないだろう。
それはミステリ的な解決篇であると同時に「会社とは何か」「仕事の意味とは」「なんのために働くのか」という、ほとんど解決不能な問題を読者に突きつけるように思える。

なれる!SE』は、ブラック企業のダメっぷりをおもしろおかしく描き「あるわー、そういうのあるわー」というネタで(現役SEの)マゾい笑いを取るラブコメではある。おそらく現役SEであれば、他人事でないという理由で本作は心に刺さるだろう。しかしそうでない、SEでもエンジニアでも「パソコンに詳しい人」でもない方に、本作をおすすめしたい。
『なれる!SE7 目からウロコの?客先常駐術』はミステリとしても読め、「労働とは何か?」という謎を描く、現代の新しいプロレタリア文学でもあるのかもしれない。